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香港の「報道の自由」の牙城が崩れ落ちようとしていた昨年6月23日夜のことだ。最後の紙面の編集作業を行う大手紙、蘋果(ひんか)日報の本社ビル前に、市民数百人が集まっていた。
中国本土で生まれた鄭強(仮名、30代)も、その一人。涙が止まらなかった。彼にとって「自由」のシンボルだった蘋果日報のビルが、まるで炎に包まれているように見えた。
実は、鄭も蘋果日報で働いたことがある。中国当局から「スパイになれ」と迫られた敏腕記者だった。
中国本土の大学受験に失敗し、香港に〝留学〟した鄭は卒業後、そのまま報道の世界に飛び込んだ。
テレビ局などを経て蘋果日報に入社すると、中国政府の情報機関、国家安全省の関係者から「お茶でも飲みませんか」と誘われた。
「ちょっと教えてほしいことがあります。簡単なことです。蘋果日報の記者たちの名前、電話番号、趣味、それに好きな食べ物と飲み物を教えてください」
スパイになれというのだ。その関係者は、中国本土に住む家族と鄭のSNS(会員制交流サイト)上のやり取りを全て把握していた。逃れられないぞ、という無言の圧力だった。
鄭は悩んだ。スパイになれば、監視は続き、要求はエスカレートするだろう。断れば、両親の元に帰れなくなるかもしれない。
鄭が出した結論は、蘋果日報から去ること。つらい決断だった。以後、フリーランスの記者をしている。
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「香港の新聞界を実質的にコントロールしているのは、中連弁だ」と指摘するのは、香港記者協会主席の陳朗昇(40)である。
中連弁とは、中国政府の香港代表機関「香港連絡弁公室」の略称だ。
「各新聞社内に、中連弁の息のかかった親中派たちが巣くっている」
彼らが中国共産党の手となり足となり、中国を批判する記事などにブレーキをかけているのだという。
顔の見えない多くのエージェントがうごめき、事態を中国当局の思惑通りに操るのは、中国共産党の手口だ。12月の立法会(議会)選でもみられた。
陳によれば、それでも中国がコントロールできなかったのが蘋果日報であり、ネットメディアだった。陳自身、民主派系ネットメディア「立場新聞」の花形記者として知られていた。
昨年12月29日の早朝、陳の自宅は警察に踏み込まれた。立場新聞への強制捜査だった。予期していたこととはいえ、陳は家宅捜索の間、震えが止まらなかった。
立場新聞はその日、扇動出版物の発行を共謀した容疑で幹部らが一斉に逮捕され、運営停止に追い込まれた。陳は連行されたものの逮捕は免れた。しかし、大事な職を失った。
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蘋果日報の最後の紙面で署名記事を書いた陳珏明(かくめい=40)は、自分たちと同じように失業してしまった立場新聞の記者たちにエールを送った。
「生きてさえいれば、必ず光を見いだせる-」。陳珏明も立場新聞での仕事がなくなったが、SNSを通じた発信を続けている。
鄭は、香港での生活が10年を超えた。日本の文化にも詳しい彼は、香港国家安全維持法(国安法)施行後の香港をこう表現する。
「香港人は〝金閣寺〟を燃やされたんだ。自由という香港の最も美しいものを北京に燃やされた。その悲しみが私にも分かる」
現在、国安法下の記者たちの闘いを取材すべく準備を進めている。中国本土に戻ることはないだろう。
陳珏明や鄭らフリーの記者にとってよりどころになるのが、陳朗昇率いる香港記者協会だ。今や、声高に報道・取材の自由を要求する香港の団体は同協会ぐらいしかない。当局の圧力は日増しに強まっている。
外国メディアにも足音が近づきつつある。米紙ウォールストリート・ジャーナルが12月下旬、「(中国の影響力が浸透する)香港では誰も安全ではない」と社説で批判すると、香港政府ナンバー2の政務官、李家超が「事実の歪曲だ」と激しく抗議。外国メディアへの法的措置も辞さない構えの高官もいる。
陳朗昇は警鐘を鳴らす。
「今後、外国メディアにもどんな影響が及ぶのか分からなくなっている。しっかりと対応すべきだ」
=敬称略
筆者:藤本欣也(産経新聞)
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【告知】2月1日JAPAN Forward 時事講座<第9回>「どうなる香港の未来~北京冬季五輪開幕直前に中国との付き合い方を考える」 「ボーン・上田賞」記者、藤本欣也氏登壇
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2022年1月13日付産経新聞【香港改造】(全5回)を転載しています